【由来】
花押を作成するにあたり、依頼主である金村さんが日頃から称されているWEB兵法、WEBにおける司馬法なるものに着目した。
司馬法とは古代中国において確立された兵法であり、兵法や学問が盛んに研究された春秋戦国時代に歴史は遡る。有名な孫子もこの時代の人である。
金村さんが時代の先端での戦いに古代中国の兵法をふりかえる人であることより、花押も古代中国、春秋戦国時代から唐初期の書人の筆跡よりいただきたいと考えた。
古代中国の書人として名高い王義之は、東晋の右将軍にまで務めた武人でもある。
詩人や文官に書聖と呼ばれる人は多いが、兵法に共感する主の花押としては王義之しかないように考える。
王義之の書は唐の太宗に愛され、死去にあたって王義之の書を副葬させたという逸話があるほどで、その書を収集するとともに、模写本もつくらせたとある。
数多の戦乱で王義之の直筆はほとんど失われ、現存するものは唐時代以降に写本、拓本で複製されたものであるという。
花押の作成は王義之筆跡の草書体のなかより、主の名の「繁」を探す旅へと移ったのだが、幾冊の字典を調べても王義之の草書体がなかなか見つけられなかった。
同時に歴史をひもとく中で、 李懐琳(りかいりん)という人が唐の初期にいて王義之の書をよく臨書(模写)したという話にたどり着く。
一冊の字典のなかで李懐琳の「繁」が王義之の名の隣にあったところから、李懐琳の経歴を調べるうちにわかったことだった。その字典を編纂した人の真意もそこにあったのかもしれないと感じた瞬間であった。
カメラやプリンターがない時代の、本物を残したい、伝えたいという先人たちの心を有難く感じた制作でもあり、依頼してくれた金村さんに感謝したい。
初めての花押制作は歴史好きの私にとっては最高に楽しかったのです。